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1日1食 ゆるベジへの道      幸せなベジタリアンになる   

1日3食→1日2食→少しずつベジタリアン(お気軽ベジタリアン)→1日1食への道

2016年10月24日(月)の食事

今日の夕食は以下の通り。

タイスキ
・エビワンタン
・サーモンボール
・エビボール
・白身魚
・かぼちゃ
・しらたき
・空芯菜
・白菜
・しめじ
・チンゲン菜
・グリーンティー

おやつ
・フライドポテト
・ミロアイス
・はちみつとココアの生チョコ風

今日は久しぶりに友達と食事をした。

話をしていて気付いたことがある。それは、人はこの時代に同じように生きているように見えても、やっぱりそれぞれ自分が築き上げた別の世界に住んでいるということだ。何もセレブと比べてるわけじゃなく、普通の友達と比べてもそうなのだ。

この友達は、新築のコンドミニアムを買って、それを転売して儲けている人の話をしてくれた。それを聞いて私は「そうなんだー」と思ったけど、自分もやってみたいとか羨ましいとか、そういった感情は沸かずに「そうなんだ」と思っただけだった。

でももしこれが、給料の話だったり、タイ株の話だったりしたら、もっと「いいな~」とか「私もそうなりたい」とか、挙句の果てには「ずるい」とか思ったりするだろう。

さらに友達はビジネスオーナーの話をしてくれたけど、わたしはその話も「そうなんだ」と思っただけだった。

そこで、はたと気付いたのは、要するに「私」の世界では「不動産投資」「ビジネスオーナー」「タイ株投資」「会社員」のうち最初の二つは存在感が薄いということだ。

でも他の人の世界ではそんなことはなくて、友達の話を聞いていると、彼女の中ではどちらももっと存在感が強そうだった。

さらに友達の27歳の友達がお金を貯めては旅行にばかり行っている、という話から、私の会社の同じく27歳の人はコンドミニアムを買うことばかり考えているという話になって、何だか同じ27歳でも価値観によって全然生き方が違うよな、と思った。もし本当に私の会社の人がコンドミニアムを買った暁には、簡単に会社を辞められないだろうし、そういう例は日本にもたくさんあるので、これからどういう人生を歩むのかも想像できるような気がした(もちろんそうなるとは限らないけど)。

そして話をするうちに、ああやっぱり人生は全部自分で作っていて、今ここにこうして表れているものはすべて自分がそう思ったことの現れなんだ、と思った。